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≪ カジュラーホ西の寺院群総覧 ≫

カジュラホ(1)KHAJURAHO

インド旅行、彫刻を中心に(1)
2008/12/23〜2009/01/02

カジュラーホ(2)詳細ミトゥナ像へ
カジュラーホ(3)詳細アプサラと神々へ
カジュラーホ(4)東寺院群、南の寺院群へ

  

現存するカジュラーホ寺院群は、ラクシュマン寺院が西暦954年に最初に建立されている。
ヴィシュワナータ寺院に続き、最大のカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院が1002年頃。

建立者は、地方の豪族チャンデッラ王朝の2代目 タンガァ王 〜 ヴィディヤーデラ王 で
銘文によると大半が 954年〜1035年に建立されている。
大まかなインドの歴史を整理すると
BC 2500〜1500 インダス文明
モヘンジョ・ダロ、ハラッパの都市文明繁栄
BC 700 インド各地に16王朝並存
BC 563〜483
BC 549〜477
釈迦
マハーヴィーラ(ジャイナ教の創始者)
BC 400頃 マハーバーラタ、ラーマーヤナの原典成立
BC 327〜325 アレキサンダー大王のインド遠征
BC 317〜180 マウリヤ朝
BC 268 アショーカ王、南部を除きインドを統一
マウリヤ朝全盛
BC 100頃 サーンチの仏塔
AD 150頃 カニシカ王(クシャーナ朝)
ガンダーラ美術隆盛、大乗仏教確立
AD 320〜 グブタ朝、インド統一
バラモン教がヒンドゥー教に発展
シヴァ、ヴシュヌ信仰始まる。
アジャンタの石窟
AD 400頃 マハーバーラタ、ラーマーヤナの完成
AD 753〜 エローラの石窟
インド分裂状態
AD 802〜1431 カンボジアにアンコール王朝
AD 830〜1203 地方豪族チャンデッラ王朝
カジュラーホ寺院群

AD 1526 ムガール帝国成る
AD 1556 アクバル帝、アグラ城
AD 1600 東インド会社設立
AD 1628 シャー・ジャハーン帝、タージ・マハール
AD 1800〜
AD 1858
イギリスの植民地支配強化
ムガール帝国滅亡

こうして見ると、カジュラーホの魅力的な彫刻に溢れた寺院群と
カンボジアのクメール文明のアンコール遺跡群との同時代が明らかになる。





カジュラーホ村の西の寺院群の主なものは、塀で囲まれて管理されている。




東側から正面を、向かいのレストランの樹上席から見た情景(右がヴィシュワナータ寺院)




北東位置から見た カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院 とデーヴィー・ジャガダンビー寺院
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院の壮大・華麗さがよく判る。



ラクシュマナ寺院 Lakshmana Temple

 カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院 Kandariya Mahadeva Temple

デーヴィー・ジャガダンビー寺院 Devi Jagadambi Temple

チトラグブタ寺院 Chitragupta Temple

ヴィシュワナータ寺院 Vishwanatha Temple

敷地外の
マータンゲシュワラ寺院 Matangeshwara Temple

と 右回りに巡った順番に整理する。
魅力的な彫刻の詳細は別に取り上げる。


これら西群の寺院は全てヒンドゥー教寺院である。
(ちなみに東群の寺院はジャイナ教寺院)

以下、データの原典は
岩波書店「世界の美術、インドの美術」Vidya Dehejia著
TOTO出版「インド建築案内」神谷武夫著
河出書房新社「エロスの神々」福田和彦著
を参考にさせていただいた。




☆☆ ラクシュマナ寺院 Lakshmana Temple ☆☆

ラクシュミー (ヴィシュヌ神の妃の一人) の為の神殿
ラクシュミーは 「幸福」 「繁栄」 を意味する。
* ヴィシュヌ神、ブラフマン神、シヴァ神 がヒンドゥ教の3大宇宙神である。


半ば分裂状態のインドにあって、勢力を増した地方豪族のチャンデッラ家
2代目王ダンガが、954年に建立


↑ 正面(東)から  本殿と左右の小祠堂


↓ 南の敷地外のマータンゲシュワラ寺院から見る。
手前が小祠堂


高い基壇の中央に
祠堂+前室+前殿+玄関の本殿があり
基壇の四隅に小祠堂を配置した
五堂形式(パンチャーヤタナ)



横から見て
ヒマラヤの山脈になぞらえるピラミッド型の塔は
シカラ(高塔)と呼ばれる。

シカラ(高塔)の先端は、アーマカラ(縦溝飾り)が付いている。
浄化の薬効のあるアーマラの丸い実の形に因る。



本殿をピラミッド状の屋根部、室内空間を含むバルコニーetcの中間部、最下段の基礎部と分けられる。
魅力的な彫刻 (浮き彫り、レリーフ) は、中間部に縦に幾層にも配置された柱状・壁状に溢れている。

















魅力の最大の決め手である腰のひねりは
ヨガのポーズに起因する。


腰のレース模様まで繊細である。
多く見られるポーズ 鏡を見る女性 ↓ →足の裏を触る(棘を抜くor描く)女性

子供はバッグを肩に掛けている。


肉体の豊満さ、、装飾品の華麗・繊細さ












基礎部分に横に長く彫られた一連の物語












四隅の小祠堂










☆☆ カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院 Kandariya Mahadeva Temple ☆☆

シヴァ神に捧げられた神殿
マハーデーヴァ = シヴァ神
カンダーリヤ =  カイラス山 (ヒマラヤの霊峰)


* シヴァ神は、魔界に対する破壊・殺戮 & 信ずる者に対する恩恵・恩寵の二面性を持つ。
妃の パールヴァティー を伴う表現が多い。

ラクシュマナ寺院、ヴィシュワナータ寺院の後に(1002年頃)建立された最大の寺院
塔の高さは、基壇から30.5m。


↓ 左が カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院 、右が デーヴィー・ジャガダンビー寺院 ↓
真ん中の小祠堂は、シヴァ祠堂






祠堂+前室に5つのバルコニーが付き、前殿、玄関と開放部鮮やか
祠堂+前室のシカラ(高塔)の周囲には、相似形の小型シカラが84も積み重なって壮麗さを生み出している。




シカラには繊細な模様に刻まれた帯状に構成されている。




シカラの上層部




バルコニーの開放部の間は、小型シカラを頭に頂いた何本もの柱状で、それぞれ彫刻で埋め尽くされている。



約650体程の彫刻群である。
外壁とは別に、内部にも約230体の彫刻がある。













↓ カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院は、大型で大胆なミトゥナ像が多く見られる。 ↓
南の壁











↓ 北の壁のミトゥナ像は、、、一段と魅力的である。 ↓








後ろに突き出したお尻の角度が、、、芸術的に決まりの造形である。












↓ 左手の角度と腰のひねりと背中の線、、、ダイナミックな動きに見せられる。    






カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院とデーヴィー・ジャガダンビー寺院と小さなシヴァ祠堂は同じ基壇の上に建っている。

↓ シヴァ祠堂(マハーデーヴァ寺院)  背後はデーヴィー・ジャガダンビー寺院







☆☆ デーヴィー・ジャガダンビー寺院 ☆☆

構造が似ているのでチトラグブタ寺院とほぼ同じ時期に造られたとされる。

ヴィシュヌ神に献じられたのだが、本尊はパールヴァティ女神 (シヴァ神の妃)

カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院に比べると小規模である。




正面玄関




祠堂+前殿 構成で前室が無い為に、
壁面に、カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院にあった大画面が無く、2体、1体構成が多い。
















野猪に変身したヴィシュヌ神
(水に沈められた大地を持ち上げ救う物語)




シヴァ神 と 妃のパールヴァティー




両サイドの猛るドラゴンは、性欲の象徴で制御しようとする情景である。




右足のサソリは性欲の象徴
男性は勃起はしていない、、抱擁だけ。



↓ アイシャドウを整える女性像、、、ポーズする女性、、、見つめ合い当に合体しようとする男女 ↓




女性の左足に性欲を表すサソリがいる。




足の裏を触る(棘を抜くor描く)女性、、鏡を見る女性
これらのポーズは多く見られる。




ミトゥナ像は、特別な位置で無く他の彫刻と同じレベルに配置されている。




どれも立った姿勢の合体である。








↓ この寺院には珍しい4体の状況。          




風雨による風化・磨耗ではなく破損の傷跡









☆☆ チトラグブタ寺院 ☆☆

太陽神スーリヤを祀る寺院。

デーヴィー・ジャガダンビー寺院と同時期に建てられる。
シカラの側面が模様の無い平面のままである。





基壇部は粗雑である。




聖室にも彫刻で溢れている。
本尊は太陽神スーリヤ




天井と柱をつなぐ持ち送りは、巨漢の背中に支えられている。




↓  太陽神スーリヤを祀る寺院の為か、、、  ↓
飾られている彫刻が、、他の寺院と少し違うようである。









牛の頭をした神像が目立つ。







シヴァ神か? あごひげの長い表現が多く見られる。



一段と肉感的な女体の左太ももに性欲強さを現すサソリが鮮やか、、




単身のアプサラ、、
男女一対の立ち姿は
他と同様に多いが、、



抱擁しあう姿は、少なく目立たない。




この寺院にあっては珍しい一対



合体している姿は、、ごく小さく少ない。









☆☆ ヴィシュワナータ寺院 ☆☆

ヴィシュヌ神の為の寺院で、前にナンディ堂が建つ。
ナンディは、ヴィシュヌ神の乗り物の牡牛。

ラクシュマナ寺院の後、1002年に建てられる。

ラクシュマナ寺院と同じく五堂形式だが、小祠堂は二塔しか残っていない。

↓ 東の正面から見る。 手前がナンディ堂 ↓




 ↓ 南東から見る。  左の修復中が後部の小祠堂  ↓
壮麗である。



堂々たる構成である。




西の背後から見上げる。  そびえ立つ壮大さ、偉大さ、、




陽の当る彫像は、、一段と福よかで穏やかな表情を見せている。




此処で、、、他はドウでも良いと思わせるほど圧倒されるのは、、、
聖堂のある祠堂と前殿とのつなぎの部分の南壁と北壁の画面である。

↓ 先ずは、、南の壁面から ↓





↑ 右の人物の右手から判断するに、、男性である。 ↑
女性の両足のカラミ、、、
2 対 2
神殿とは思えぬ世俗性に満ち溢れている。


↓ 女性が3人、、、 ↓
2人は、、羞恥の仕草、、、
神聖な行為としては表現していないのではないか、、、
細部にまでこだわる職人技、、





↓ そして、、北の壁面 ↓




↓ 何たる行いであろうか!! ↓

乳房の豊かさから見て、、左右と下の人物は女性である。
逆さの女性の左手、、、

これは、、神に通じる行為ではなく、、権力者の遊興の行為ではなかろうか、、





↓ 恥ずかしくとも覗いている。 ↓
男が2人、、女が2人、、、
男は共に、、高貴な人物とは思えない。
水筒を持っているのは、、戦場に向う前の戦士達、??



神に通じる神殿とは少し逸脱してしまった信じ難い彫刻群であると、、印象を持ってしまった。







☆☆ マータンゲシュワラ寺院 ☆☆

やや古く 900年代初頭に造られたので、他のカジュラーホ型寺院と違い
高塔もピラミッド型で単室である。
唯一現在も礼拝の対象として現役の寺院である。

他の寺院は塀で囲まれ有料であるが、、此処は敷地外で無料である。

巨大リンガ (シヴァ神のシンボルの男根) は高さ2.5mもあり、唯一の本尊である。




デンッと立つ大きなリンガ、、日常的に崇められているのである。






地元の人達の列は絶える事はなかった。


基壇の上のお堂の前には、、地元の人達が大勢で憩いでいる。
我々異国の観光客にもフレンドリーで、、カメラの前で積極的に笑顔を見せてくれる。





以上が、、西の寺院群の中心的なもの、、、
敷地内には他にも小祠堂があり
周辺にも寺院があるが、、、
ここだけで魅力的な彫像群に圧倒されて
( 午前と午後の2回訪問した )
他を見に行こうと言う精神の余力は無くなっていた。



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